蛙の子は蛙

先日の社内での話です。

昼休み食事をしながら、たわいもない話をしていました。

中年のおじさんの会話となれば、当然子供の話が中心になってきます。

お前のところ子供は、勉強できてるか?

野球がんばってるか?

 

その中で、筒木さん(仮名)が、子供の話をし始めました。

「うちの子供が、不注意で携帯を壊してしまった。部活のカバンに入れていて、どこかでカバンをぶつけたらしい。その時は、気にしていなかったけれど、家に帰って携帯を取り出すと画面は、バキバキ。電源も入らない状態になっていたらしい。」

f:id:taremimikaon:20171008140251j:plain

今の時代、誰もが携帯を持ち歩いています。

そして、携帯の画面にヒビがはいっていても使っている人をよく見かけます。

実際、私も先月携帯を落として、交換を余儀なくされたところでした。

 

筒木さんが、話を続けます。

「携帯はやすい物ではない。反省の意味も込めて、少しの間、携帯は買わない。」

そう言うと息子さんから、「高校生にとって携帯電話は命より大切なんや!携帯がなかったら、生きていけない。」と反論してきた。

そして、「バイトをしてお金を返すから、携帯を買ってください。」と言ってきた。

 

10年ひと昔といいますが、30年前は昔むかしのお話になりますね。

私たちの高校時代では、考えられない状況です。

「携帯がなければ、生きていけない。」なんて。

 

結局、筒井さんは、反省の意味も込めて、すぐには息子さんに携帯を与えなかったようです。そのことで、息子さんがお金の大切さ・物の大切さが伝わればいいのですが・・・。

 

ただ、問題は、筒井さんの息子ではなく、「親」なんです。

彼は、今年になって、会社の携帯を「2度」壊してます。

そして、その前の年に「車」の事故をしています。

息子に携帯を与える前に、親の携帯を取り上げたほうがよかったですかね。

 

 

 

また、息子さんが、携帯を壊す気がします。

「蛙の子は、蛙」ですから。